どちらが過保護か | 普通の子がこつこつ頑張る中学受験

どちらが過保護か

過保護

過保護というと、子供が失敗しないように小さい頃からあれこれ子供に教えたり、早くから練習させるようなするイメージをお持ちの方もいらしゃると思います。

例えば、我が家のように就学前から先取学習したり、就学後を見据えて手取り足取り子供に教えるような家庭は過保護だと感じられる方も多いと思います。

最近は親が子供の宿題を確認したり、必要があれば勉強を教えることについても、親の手がかかりすぎると感じられている方もいるようです。

そういう方から見ると、幼い頃から子供に手をかけまくってる我が家のような家庭は、過保護に見えるかもしれません。

学校まかせ

「過保護が不登校を防ぐ」にも書きましたが、入学後子供の困りごとに関して、親がしっかりと、把握して手をかけた結果、お子さんが良い方向に変化した例もあります。

逆に幼児期や低学年の頃は園や学校まかせで親は何も教えずにいた結果、子供が最低限のこともできなくなってしまうようなケースもあります。

その親御さんの育て方は、確かに低学年までは過保護ではなかったのかもしれません。

ただ大きくなって問題が出て、子供が学校に登校するのを嫌がりだすと、学校のルールを批判し、子供ではなく学校側のルールを変えようとする方もいます。

そういった対応は、小さな頃から子供に寄り添って練習してきた親よりも、ずっと過保護なのではないでしょうか。

障害物を親がどける

自由奔放に育てた結果、人よりできない子になったら、子供の目の前の障害物を親がどければ良いという考えには賛同できません。

親が子供の前にある障害物を一生取り除き続けることはできません。

子供ができるように親が一緒に練習するのではなく、学校のルールを変えようとするのは、親が子供の前の障害物をどけているのと同じだと思います。

だからこそ障害物があっても自分で登って乗り越えられると力を、子供につけていくことが大切なのではないでしょうか。

親が干渉しないほうが良いとか、過保護は良くないと言われがちですが、むしろ幼い頃は親がしっかり手をかけたほうが、後々自分で障害物を乗り越えられる人間に育つと私は思います。

自主性や主体性

以前「自主性を重視しすぎると自主性が育たない」でも書きましたが、ある園では「自分でやりましょう」と子供に任せる先生のクラスと、できない子供を手伝ってあげる先生のクラスがあったそうです。

1年後に自分でできるようになったのは手伝ってあげた先生のクラスの子供達で、園児任せだった先生のクラスの子供達には、自主的な行動があまり見られなかったようです。

息子を見ていても、幼い頃から教えて習慣化されていることについては、自主的に行動できていると感じています。

そして自分はできるという自信がつくほど、積極性が育ってきていると感じます。

だから過保護は良くないという話にまどわされるのではなく、幼い頃ほど手をかけて、就学後に、自ら宿題などの学習に取り組めるような練習をしておいたほうが良いと思います。

貧困層の子供に幼児教育を受けさせたペリー就学前プロジェクトやアベセダリアンプロジェクトの結果を見ても、「意図的養育と放任的養育」で書いた調査結果を見ても、優秀ではない普通の子を放任主義で育てるのは、よくないと思います。

幼児期や低学年の頃に、子供の自主性や主体性を育てようと放任主義で育てた結果、大きくなって問題が出て、逆に過保護になってしまうのでは本末転倒だと思います。

大きくなってから自分で考えて行動できるようにするためにも幼い頃は手をかけて、子供にしっかりルールを教えたほうが良いと思います。

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