忘れ物に対する親の価値感の違い | 普通の子がこつこつ頑張る中学受験

忘れ物に対する親の価値感の違い

習字

以前、ネット上でで忘れ物に対する学校の対応が話題になっているのを見かけたことがあります。

習字道具を忘れた子供が、習字で書くはずだった言葉を作文用紙に鉛筆で書かされてたようで、ひらがな4文字の言葉が作文用紙いっぱいに繰り返し書かれていました。

投稿をした方は、その子の親御さんではなかったようですが、学校の対応に対して狂っていると感じられたようです。

ちなみに、その子の親御さんは、校長に意見するとおっしゃっていたそうです。

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昔の漫画

昔の漫画やアニメでは、宿題などを忘れた生徒が廊下に立たされるような表現が、当たり前のように使われていたと思います。

そういった場面が問題視されていなかったことから考えても、当時の子供達は今よりも厳しい罰を与えられていた可能性が高いのではないでしょうか。

そして、そんな時代のほうが不登校になる子供は、今よりも少なかったのです。

失敗を叱らない

最近の育児論では、わざとでない失敗は叱らないほうが良いという風潮が強いです。

だけど、そのような教育は、子供に失敗しても大丈夫だったという誤学習をさせてしまう危険性もあります。

不注意で失敗しても、先生に叱られることもなく何とかなったという体験は、子供にとってマイナスになると思います。

結果的に、次から失敗しないでおこうと子供が注意する機会や、今後どうすれば失敗しないかを自ら考える機会を奪ってしまう可能性もあると感じます。

失敗体験を奪う親

現代は、昔のように教師が子供をきつく注意することはできなくなってきています。

だから忘れ物をした時に、何事もなかったように、学校や他の子に借りて終わりにするのは良くないと思います。

実際に、習字セットを忘れた子に対して、同じクラスの子が道具を貸す学校もあるようですが、借りたほうの子は、学校に重い習字セットを持って来る手間も、持ち帰って洗う手間もかかりません。

これでは習字セットを忘れたほうが楽だと考えてしまう子も出てくるのではないでしょうか。

私は、子供にも反省する機会は与えられるべきだと思いますし、その機会を奪ってしまうような教育は子供にとっても良くないと考えています。

最近は、親御さんが自ら子供の失敗体験を奪ってしまうような事例もよく見かけます。

今回の件も、親が校長に直談判しに行けば、子供は習字道具を忘れた自分が悪いのではなく、貸してくれなかった学校が悪いと考えるようになるのではないでしょうか。

失敗体験は失敗したと子供が感じられてこそ、いきると思います。

親が学校に意見することで子供の反省の機会を奪うことは、親が子供の将来の可能性を潰してしまっているように思えてなりません。

子供の自己肯定感が下がるのが嫌なら、佐藤ママのように親が全て準備すれば良いと思います。

そのほうが、子供に他責思考を植え付けることがない分、まだ良いと思います。

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